AMH値はどう見る?~最前線から知る不妊治療と卵巣予備能の最新知見~amh-info.jp

 

vol.3 産婦人科医の視点 THE VIEW POINT 施設レポート 不妊治療の臨床最前線

医療法人今井会 足立病院

中山 貴弘 先生(医療法人財団今井会 足立病院 副院長/生殖内分泌医療センター長)

不妊治療に取り組む専門施設を訪ね、臨床の最前線をレポートする「産婦人科医の視点 THE VIEWPOINT」。今回は1902年の創設以来、100余年にわたり多くの女性の出産をサポートし、現在では年間約1,700件と京都市内では突出した分娩数を誇る足立病院を訪ねました。
女性の生涯にわたる総合的なサポートを基本理念に掲げる足立病院の取り組み、さらに2014年より導入したAMH検査の臨床での活用の実際について、生殖内分泌医療センター長である中山貴弘先生に伺いました。

女性の一生をサポートする総合医療を目指して

女性の一生をサポートする総合医療を目指して

医療法人財団今井会足立病院(以下、足立病院)は、女性の健康を生涯にわたり総合的にサポートすることを基本理念として掲げており、その一環として、不妊で悩む女性の「子どもを授かりたい」という願いを叶えるべく、2003年に不妊治療センターを開設した。近年、わが国では少子化が進んで出生数が減少する傾向にあるが、足立病院も例外ではなく、不妊治療の取り組みに力を入れることにより、分娩数を増加させることも開設目的のひとつだったという。

センター開設後はより良い生殖補助医療(ART)を追い求め、最新の知見に基づいた治療や設備を導入し、医療の質向上に努めてきたそうだ。その甲斐もあり年々患者数は増加し、開設当初の施設規模では対応が難しくなったため、2010年に現在の施設へ移転し、「不妊治療センター」から「生殖内分泌医療センター」へと改称している。

センター開設当初の妊娠数は615例だったが、センターの治療成績は年々向上し、2014年の日本産科婦人科学会へのART登録症例数が4,268例、一般治療も含めた不妊外来での妊娠数は1,497例に達している。不妊外来で妊娠した患者のうち、約4割が足立病院での分娩を希望しており、昨年の病院全体の分娩数は1,694件に上っている。分娩数を増やすという開設当時の目的はたしかに達成されており、2013年時点で京都市の年間出生数が約1万1千人に止まっているなか、足立病院の不妊治療の取り組みは地域貢献につながっているといえるだろう。

基本方針は一般治療とART双方からのアプローチ

基本方針は一般治療とART双方からのアプローチ

足立病院が理想とする不妊治療は、一般治療とART双方からのアプローチを検討し、妊娠成立の可能性を探る点にある、と生殖内分泌医療センター長である中山貴弘氏は語る。

一般治療においては、体質の改善によって妊孕性を底上げした上でのタイミング療法を積極的に取り入れており、この方針は、「不妊治療において妊孕性を向上させるために生活習慣の見直しや体質改善は欠かせない」という中山氏の考えによるものである。実際に不妊治療患者を診察していくなかで、しばしば栄養バランスの偏り・運動不足など生活習慣の問題が散見されるため、栄養指導や運動療法、漢方・鍼など東洋医学の力も借りた不妊治療に取り組んでいるという。センターの名称を生殖“内分泌”医療センターとしたのは、この試みを反映してのことである。

一方でARTにおいては、現時点で最高レベルの医療を行えるようハード面の充実を怠らない。施設・設備をはじめ機器類、培養液、体外受精・顕微授精機材、胚移植用カテーテル類など最新のものをそろえ、卵管鏡下卵管形成術(FTカテーテル法)による卵管再疎通や子宮鏡による着床能の改善、腹腔鏡による卵管性不妊の治療など、最新の技術を駆使している。

足立病院の基本方針として、ARTと並行してタイミング療法による自然妊娠成立を目指しており、他施設で人工授精や体外受精、顕微授精などの治療を試みるもうまくいかず、当センターでタイミング療法に戻して妊娠した患者も数多くいるという。


患者のストレス軽減を重視

患者のストレス軽減を重視

足立病院では、不妊治療にあたり、患者に生じるストレスを極力軽減するよう心がけている。患者が抱えるストレスは、医療従事者側のきめ細やかな配慮や工夫によって軽減することができるという考えからだ。不妊治療を受ける患者の多くは、経済的負担や仕事のスケジュール調整、周囲の人間関係などで悩んでおり、ストレスが治療に与える影響も少なくないと中山氏は分析する。

足立病院は財団法人であるため公益性を重視し、治療費用は低額に設定しており、また、治療計画をたてる際は、最大限患者の都合に合わせるためにその都度相談している。特定の曜日にしか受診できない場合は、少ない通院回数で効率的に治療を行える方法を提案し、さらには土曜診療や夜間診療も行っている。診察の際には「次はこの日に来てください」ではなく「次はいつ来院可能ですか」と声をかけている。もちろん医療従事者側としては大変な面もあるものの、この努力がゆくゆくは妊娠というかたちで実を結び、さらなる治療成績の向上につながると考えていると中山氏は力強く語る。


AMH値測定の意義

AMH値測定の意義

2003年のセンター開設から現在に至るまで、不妊治療を取り巻く環境は大きく変化している。なかでも中山氏が変化を実感するのは患者の高齢化だという。中山氏が大学病院に在籍していた頃は、不妊治療の対象となる患者の年齢は40歳までに設定するのが一般的だったそうだ。しかし、ARTの進歩と社会背景の変化にともなって徐々に高齢化が進み、現在、足立病院を受診する患者のうち40歳以上が半数近くを占めている。

患者の高齢化にともない、不妊治療ではより精度が高く、患者個々の状態に適した治療が求められるようになってきた。そうした状況のなか、足立病院では、FSH(卵胞刺激ホルモン)、LH(黄体化ホルモン)、E2(エストラジオール)などのホルモンに加えアンチミューラリアンホルモン(anti-Müllerian hormone:AMH)を測定し、治療計画策定の際、卵巣予備能を評価するための参考のひとつとして取り入れている。AMHは排卵に至る過程で前胞状卵胞および小胞状卵胞から分泌されるホルモンで、その測定値により卵巣内に残る卵子数を推定できると期待されている1)。従来、卵巣予備能評価の指標とされてきたFSHは、卵巣予備能がかなり低下してから数値が上がるとされていた。その状態になる以前を補う指標として、AMH値の経時的なチェックが有用な可能性があるというのが中山氏の意見である。

以前のAMH 測定試薬であるAMH Gen Ⅱ(研究用)では、測定結果がやや不安定で測定誤差がみられ、その精度が課題となっていた。しかし、2014年に新たに登場した検査試薬であるアクセスAMH(研究用)では、自動化測定が可能となり、また、ELISA法ではなく化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)を測定原理として採用し、低値の感度も高まった。性ホルモンなども含め、具体的に数字として示される検査値が患者に与えるインパクトは大きく、それゆえに中山氏は検査精度の高さが重要であると考えている。

足立病院では、アクセスAMH登場を機会に、外部検査機関に依頼していたAMH値測定を院内測定に切り替えている。実際に測定していると、従来は感度以下となっていた症例の多くで詳細な数値が検出されており、さらに、検査結果が1時間以内で判明するのも、診療を進める上で有用であるという。

アクセスAMHとは、ベックマン・コールター株式会社が販売する化学発光酵素免疫測定法による自動測定装置用試薬(研究用)を示します。
詳しくはベックマン・コールター株式会社までお問い合わせください。


AMH値測定を活用した診療の実際

AMH値測定を活用した診療の実際

中山氏は、AMH検査は、不妊治療のステップアップを迷っているケースで治療計画の参考になると考えている。ある患者は、夫と一緒に米国留学して帰国後の不妊治療を計画していたが、当院でAMH値を測定すると非常に低値だったため、3ヵ月間渡航を延期し、胚の凍結保存を行った後に留学することを決断したという。逆に、仕事と不妊治療のいずれを優先させるか迷っている患者が、AMH値が良好だったため、1年間仕事を全うした後、不妊治療に取り組んだケースもあるそうだ。

そのほか、不妊治療におけるARTについて、夫婦の考えが一致しておらず、治療方針が定まらないケースにおいて、AMH検査が治療選択の参考になるという経験もあり、夫婦で来院した患者に当日中に結果を伝えられるのもメリットだと中山氏は語る。夫婦そろって何度も来院するのは困難なためである。AMH値を測定すると予想外に低値だったため、ARTに消極的だった夫婦がその場でステップアップを決断するというケースもあるという。AMH検査は、患者にとって不妊治療のステップアップや自身のライフプランを考える上で、判断材料のひとつになるというのが中山氏の意見である。

また、中山氏はAMH値をARTにおける卵巣刺激方法を選ぶ際の参考にしており、基本的にはAMH値が高い場合は調節卵巣刺激、低い場合は自然周期採卵を選択している。

AMH値を患者に伝える上で注意が必要なポイントについて聞いたところ、AMH検査で推定できると期待されているのはあくまで卵巣に残っている卵子の数の目安であり、卵子の質ではないという点が重要だという。AMH検査で妊娠の可能・不可能を判断することはできないことを患者に理解してもらい、検査値が示している事実を正しく伝えることが大切であるとした。


AMH検査をライフプラン見直しのきっかけに

AMH検査をライフプラン見直しのきっかけに

足立病院では、これから結婚を予定している女性で、本人が希望する場合に、いわゆる「ブライダルチェック」の項目の中にAMHを取り入れ、検査を行っている。これは将来、子どもを望む女性にとって、自身の卵巣年齢を知っておくことは大切であるという中山氏の方針によるものである。AMH値はおおむね年齢とともに低下していくとされているが、どのくらいの期間でどの程度低下するかは人それぞればらつきがある2,3)。年1回程度、定期的に測定し、出産のタイミングや仕事との兼ね合いなど、ライフプランを見直す機会をもつのも良いのではないかと中山氏は語る。

さらに近年では、結婚予定のない未婚女性にもAMH検査を受けることにより卵巣予備能について考える機会を検討してもらいたいと考えるようになったそうだ。社会環境が整っていないこともあり、女性は人生において「妊娠・出産」と、仕事など「自身のやりたいこと」を天秤にかけがちである。しかし、本来は両軸で考えていくべきであり、より早い段階から自身の身体とライフプランについて考えるのは大切なことである。卵巣予備能について知らなかったばかりに後悔するといった事態は避けることができる、と中山氏は考えている。AMH検査の精度向上が期待される今、女性にAMH検査の存在を周知していくことは不妊治療に携わる医師としての職務でもあると感じているという。


最先端の医療を、1人でも多くの患者に

足立病院では、最新の知見を十分に検討し、患者が最先端のARTを受けられる環境を整えている。一方で、スタッフ一同が心がけているのは、「患者さんが気軽に通いやすい、コンビニのような病院を目指そう」という点だという。女性の生涯のニーズに細やかに応え続ける良きパートナーでありたいという中山氏の意志は、相談しやすくニーズに柔軟に対応する身近さと、大病院に遜色ない最先端の治療環境を両立している足立病院生殖内分泌医療センターのなかに、たしかに息づいている。

最先端の医療を、1人でも多くの患者に
文献
1) La Marca A et al: Hum Reprod 24: 2264-2275, 2009 2) 日本生殖医学会 編:生殖医療の必修知識.杏林舎,東京,2014,p120-124 3) Seifer DB et al: Fertil Steril 95: 747-750, 2011

Staff's Voice 医療法人財団今井会 足立病院 生殖内分泌医療センター 培養室 胚培養士長 小濵奈美 先生

足立病院では全自動化学発光酵素免疫測定装置Access2を用いて、FSH、LH、E2、甲状腺関連などのホルモンや風疹IgG抗体などとともに、現在はAMHも測定している。AMH測定の実際について、培養室胚培養士長の小濵氏に聞いた。

アクセスAMH(研究用試薬)が登場する以前は、その他のホルモンとは別途でAMHだけ外部検査機関に測定を依頼していたが、アクセスAMH導入により2014年からは院内で測定している。1検体でまとめてAMHも測定できるようになり、余分な手間がかからず効率的に検査が行えるようになったと小濵氏は語る。AMH値は40分程度で結果が出るため、結果を当日中に医師を通じて患者に伝えることができる点がメリットだという。

現在、AMHの検査件数は月100件を超えており、今後も増えていくと小濵氏は予想している。同一検体を何回か測定しても結果値に大きな誤差はないことを足立病院では確認していて、再現性は良好であり、また、以前のAMH測定試薬では感度以下が「0.1以下」としか表示されなかったが、アクセスAMHではより低値の数値が検出されるようになったと小濵氏は語る。さらに、アクセスAMHは他のアクセス試薬と同様に、測定に必要な試薬がひとつの試薬カートリッジに装填されており、Access2に搭載するだけで、自動測定される。そのため、検査を行うスタッフの技量に測定結果値が左右されることがない点も日々の業務改善につながっている。

実際の診療では、患者が体外受精や凍結胚移植を決断した後、ホルモン値の測定結果を胚培養士がチェックし、その結果を参考にしながら医師と実施日を相談するなどしている。AMH値も院内測定になり、胚培養士がチェックできるようになったことで、不妊治療における誘発方法など迅速かつ綿密な治療計画立案の一助となる可能性を感じている、と小濵氏は語った。

小濵奈美 先生