日時:2017年6月2日(金)
場所:沖縄コンベンションセンター
共催:ベックマン・コールター株式会社
近年、不妊症治療域においてはAMH(anti-Müllerian hormone:抗ミュラー管ホルモン)が、卵巣予備能の目安となる評価指標として注目を集めている。AMH値の測定は、不妊症治療に関し重要な情報をもたらす検査であるが、一方で、AMHの特性やその測定意義については、いまだ十分な理解が得られているとは言えない状況にある。第58回 日本卵子学会学術集会では、ランチョンセミナー「低卵巣刺激IVFとAMH~日常診療からみえてくるもの~」(共催:ベックマン・コールター社)が開催され、AMHを十分に理解し、日常診療においていかに患者個々に最適な不妊症治療を実現するかについて、瀬川智也先生(新橋夢クリニック)より豊富な臨床データに基づく提言がなされたので、その内容を紹介する。
座長:桑原 章 先生(徳島大学)
演者:瀬川 智也 先生(新橋夢クリニック)
AMHは、多彩な生体プロセス制御に関与するTGF-βスーパーファミリーに属する糖蛋白である。AMHは胎生期男児の精巣に発現し、ミュラー管の退行を促して男児の生殖器を形成する一方、胎生期初期の女児ではAMH欠如によりミュラー管が卵管および子宮へと発達する。
男児のAMHは胎児期に最も高値を示すが、思春期から減少し、成人レベルまで低下する。一方、女児では胎児期は低値で、24~25歳にピークを迎えた後、加齢とともに減少して閉経期でほぼ0となる。
このことから生殖医療分野では近年、卵巣予備能を反映する指標としてAMH値測定が行われている。AMHは小胞状卵胞の顆粒膜細胞から最も多量に分泌され、8mm以上の卵胞からは分泌されないことが報告されており、初期卵胞のリクルートやFSH依存性卵胞の発育・選択を調節すると考えられる。
当院では従来、AMH値測定のために酵素結合免疫測定法(ELISA)による測定試薬「AMH GenⅡ」を用いていたが、検体や試薬を手作業で注入し、48検体を同時計測する必要があった(図1左)。2015年11月より化学発光酵素免疫測定法(CLEIA法)を用いた「アクセスAMH」(国内では研究用試薬)を採用し、随時1検体ずつの自動計測が可能となったほか、遺伝子組換えヒトAMHのキャリブレータ採用により安定性・正確性を維持し、測定時間は40分と大幅に短縮されている(図1右)。
当院で、アクセスAMHにより29~48歳の不妊患者(n=2,135、PCOS・POIを除く)を対象に月経期AMHを測定した結果、全年齢群でAMH低値に分布が集中した。
1ng/mL 未満の比率は29~37歳で16.6%、38~41歳で34.6%、42~48歳で62.6%と年齢とともに上昇し、患者年齢とAMH 値による散布図では、40歳以上で低値の密集がみられた(図2)。
また、全年齢群で中央値に比べて平均値が約0.3~0.5ng/mL高い結果となっており、AMH値のばらつきを考慮すると年齢別基準値には中央値を採用するのが望ましいと考えられる。
さらに、JISART多施設共同研究で得られたAMH値1)と比較すると、当院の30代前半はやや低値であり、体外受精希望の多い施設特徴を反映していると推察されたが、30代後半以降はほぼ一致した結果が得られた。
各病態におけるAMH値の傾向
当院におけるPCOS患者とPOI患者でAMH値を測定したところ、PCOSは8.4±5.6ng/mL(n=104、平均年齢36.0±3.5歳)、POIでは0.2±0.2ng/mL(n=10、36.1±2.2歳)と顕著な差を示した(図3)。PCOSとPOIはいずれも無月経、稀発月経を主訴とするため、両疾患の鑑別にAMH測定は有用と考えられる。
また、卵巣手術既往患者(n=59)では、卵巣部分切除例のAMH値は1.2±0.8ng/mLと低値であり、卵巣全摘出例は0.8±0.9ng/mLとさらに低下していた。尚、卵管切除によるAMH値低下は認めないと報告2)されている。
AMHを用いたPCOS 診断の可能性
AMH測定によるPCOS診断補助の有用性を検討すべく、日本産婦人科学会の診断基準(2007年)にもとづきAMH値によるROC解析を行った。その結果、感度89.4%、特異度86.7%、ROCAUC 0.94と高精度の結果が得られ、カットオフ値は4.2ng/mLであった。若年例や経膣超音波の困難な症例では、PCOSの補助的診断にAMHを用いるのが望ましいと考えられる。
AMHとAFCの相関
AMHとAFC(antral follicle count:胞状卵胞数)の相関について、年齢を29~37歳、38~41歳、42~48歳の3群に分けて検討したところ(PCOS・POIを除く)、近似曲線は各年齢群で重なり、年齢にかかわらずAMHとAFCは良好な相関関係を示す結果が得られた(図4)。
よってAFC計測が困難な症例では、AMH値は十分にAFCを代用すると考えられる。
当院における採卵症例では、排卵誘発法として月経周期3日目よりレトロゾール+クロミッド併用が約6割、クロミッド単独と自然周期法がそれぞれ約2割、クロミッド+rFSH注射剤は0.6%の内訳で実施している。
採卵数と月経期のAMH値、FSH値の相関関係についてみると、AMHは採卵数と高い正の相関を示したが、FSHは弱い負の相関を示すにとどまった(図5)。よって、月経期のAMH値は採卵数の予測に適していると考えられる。
次に、AMH値による採卵あたりの平均卵胞穿刺数、採卵数、成熟卵子数を検討すると、前述の年齢別3群の全群で結果が近似しており、これらは患者年齢にはよらず、AMH値により結果の予測が可能と考えられた。
また、AMH値、FSH値による採卵あたりの胚盤胞獲得率は、29~37歳、38~41歳ではAMH値が高いほど上昇したが、42~48歳ではAMH値が高くても上昇を認めなかった。FSH値においては、値の上昇とともに全年齢群で胚盤胞獲得率が急激に低下していた。
また、AMH値を0、1、2~3、4ng/mL以上の4群に分け、胚移植成績の関係について、臨床的妊娠率、生産率、流産率、流産絨毛染色体異常率について検討した。臨床的妊娠率は42~48 歳ではAMH 値が4ng/mL以上の群で同年齢のAMH0ng/mL群より有意に高かった(p=0.04)が、その他は同じ年齢群であればAMH値による差は認めなかった。生産率・流産率および流産絨毛染色体異常率についてはすべての年齢群において、AMH値にかかわらず有意差は認められなかった。
AMH 値0.5ng/mL未満例(n=596)をさらに0.1ng/mL刻みで5群に分類して検討をしても、最低値群(0~0. 09ng/mL)の生産率は同年齢の平均値と差は認めず、AMHが低値でも妊娠・出産が可能であることが示唆された。
月経周期で変動するか?
月経周期内の変動はほぼない3)というのが通説であったが、最近ではAMH高値例では卵胞期に高く排卵期に低い傾向がある等、変動を認めるとする報告4,5)が散見される。当院の初診時のAMH値の解析結果(年齢の有意差は無し)では、月経期と卵胞期のAMHがそれぞれ2.6ng/mL、2.8ng/mLであるのに対し、排卵期と黄体期は1.6ng/mL、2.1ng/mLと有意に低下を認めており(図6)、AMH値測定は月経期または卵胞期が望ましいと考えられた。
経口避妊薬投与により変動するか?
AMH値に変動を与える因子として経口避妊薬投与が知られており、5週、9週のピル投与でAMH値が低下することが報告6)されている。当院でプラノバール12日間投与前後のAMH値(投与前AMH値≧2.0ng/mL、n=92)の変動をみると、投与前AMH値に対し59%以下の値に低下した例が27%、60~89%低下例が37%で認められた。ピル投与による黄体ホルモン値の上昇により卵胞発育が抑制され、一過性にAMHの分泌が低下することが原因のひとつとして考えられた。
妊娠・出産により変動するか?
先行研究では、AMH値は妊娠の経過とともに低下することが報告7)されている。当院で1人目を妊娠後、2人目の妊娠を希望し3年後に来院した34~38歳(n=98)の妊娠出産前後のAMH値変化率を検討すると、一人目妊娠前の値の39%以下の値に低下していた例24.5%、40~59%に低下した例が21.4%と、自然低下率(一人目の妊娠前の値の60~79%)より大幅に低下する例が半数を占めており、出産に伴い、AMH値が低下する結果が得られた。
測定は1回で十分か?
AMH値は、周期ごとの増減がなく1回の測定で十分とする考え方がある。当院で5周期連続測定を行うと、殆どの症例で1ng/mL以上変動し、3周期連続測定例では、平均最小値2.41±1.13ng/mL、平均最大値3.60±1.32ng/mLと開きが認められた(図7)。よって、年齢別基準値とかけ離れたAMH値を得た場合は、2~3回の追加測定が望ましいと考えられる。
測定法の進歩により、AMHの測定精度が向上し、新たな知見が得られてきている。今回、日常診療を通して得られたアクセスAMH試薬によるAMH値について解析を行ったが、年齢別AMH値においては施設間差が低減し、また、月経周期・薬剤による変動を裏付ける結果が得られた。また、周期間での変動があることから、AMH値は1回きりの測定ではなく、複数回測定することが重要である。今後、さらにAMHの新測定法での研究が望まれる。